※このシリーズは依頼者や事件内容が特定できないよう、年齢や地域、性別などを修正して公開しています
投資詐欺か!?
依頼は急にやってくる。
いつも通り、現場(探偵は調査先を現場と呼ぶ)から徒労の末に帰宅し、PCの電源を入れた時に電話が鳴った。
「詐欺に遭いました、困っています」
(警察)、と思わず言いかけて言葉をつぐむ。
面談の日程を調整し、相談者と会う事になった。
相談者はSさん(52)地域では名の知れた名士である。
依頼者は事務所に来ると、相談テーブルにつくなり周囲を見渡す。
事務所では少しでも安心していただく為、専門書や機材の箱、そして心を落ち着けていただけるように花を生けている。
それらが気になるのだろうか。
早速、と言いかけた矢先に相談者が資料を提出してきた。
「これを見ていただけませんか」
見せられたのは、紙切れ1枚の書類である。詳しくは書けないが、要約すると企業出資をしてもらえれば配当を渡す。
金三千万円、甲乙署名欄がある。配当は月10%である。
つまり、三千万円渡せば元本は保証されたままで毎月300万円入る(という事にした)書類であり、投資系の詐欺でボーダーは8%
この10%という数字を見た瞬間にどういう筋の金融話かは想像に難くない。
いや、世の中には実際月利8%というのはあるのかもしれないが、経験上詐欺が多いのだ。
連絡が取れなくなるパターン
話を聞くと、配当が最初は支払われていたが、滞りが始まり会社の連絡先もつながらなくなり、個人携帯も連絡が取れなくなったとの事。
自宅に行ったが引き払われた後で警察も投資については取扱できない。と説明を受けた。
(よくある展開だな)
話を聞きつつも、回収手段や行方捜索からになるだろうと考える。
「投資したお金は戻って来たんですか?」
と尋ねると、配当金を差し引くと残った金額は1800万円ぐらいとの事。
(半分は回収済みか)
「元金だけでも」
相談者はそういうが、調査料金も安い物ではない。損得勘定についても説明せねば。
依頼に関する注意事項
つまり、今回依頼したいのは
1)出資者の住居を特定して欲しい
2)投資したお金を回収したいがどうしようもない
この2点となった。
問題は2である、ハッキリ言って法律や債権について探偵は関与できない。
意外と知られていない話だが、弁護士・司法書士(金額上限あり)が集金に携わる事はできない。
関わった時点で非弁法に引っかかるので、とてもじゃないがリスクが大きい。
しかも回収できなければ調査料金を支払うだけになるので依頼者は無駄になる。
情報を集め、指南するまでとなる。その説明を行ったうえで、所在調査として請け負う事になった。
また、詐欺案件というのは家族を含め、誰にも絶対に漏らさないよう注意が必要だとも説明を行った。
詐欺師は逮捕後まで計算している
詐欺を生業とするものは狡猾かつ慎重である。
逮捕の先まで見据えている事が多い、詐欺罪というのは3年以上10年未満だが、判決に向けて減刑させる方法がある。
これは弁済金と呼ばれ、万が一捕まった時には被害者に対して支払う事で、いわゆる「シャバ」に少しでも早く出られる。
目安は3割~5割程度、犯罪の悪質さによるが詐欺師の場合、減刑用の弁済金は別に避けている人間もいる。
(10億円であれば10年の懲役でも年収1億円だと考える詐欺師がいる事も付け加える)
もし依頼者が詐欺師(いや、現時点で詐欺師と呼ぶのはどうだろうか)を捕まえた場合、被害者が複数いる事が想定できるので回収の可能性はゼロではないと考え、調査を勧めることにした。
人間生きている以上はどこかに痕跡は残る
問題は自宅の特定である。
先に内偵から始める。法人から調査を開始した結果、氏名は本名である事が判明した。
次は行方である。
行方捜索、というとしらみつぶしのイメージがあるかもしれないがそうではない。
「人間生きている以上はどこかに痕跡は残る」
毎回、調査をふるいたたせる為に独り言のようにつぶやく。
対象者発見
2チームに分かれ、本部内偵と現地チームに分かれる事となった。
今回の調査に赴く先は東北のS市となり、簡単に往復できる距離ではない。
しかし、対象が動く可能性もある事から3日後には現地に入る事となった。
結論から言うと、転居先を発見するに至った。
詳細については技術的な部分もあり、公開はしない。
ただ言える事は、大金で逃げる連中というのは全力で足跡を消そうとする。
今回も例にもれず、とても難儀した。しかし足跡は必ず残る。
見つかったのは埼玉県の外れにある某市であった。
調査初期で聞いていた高級輸入車ではなく、国産のワンボックスハイグレードの物に乗り換えていた。
ナンバーはなぜか他のエリアである。目立つだろうに。
日常生活は質素なものだが、週に1~2度は都内にでかけ高級ホテルで打ち合わせを行う。
この姿はすべて写真に収めておいた、もちろん理由があるが後述する。
回収の連絡
クライアントへ発見報告をすると、すぐに回収相談にかかる。
また、前回ホテルで撮影した写真を複数見せると、クライアントの顔色が変わった。
「この人と会ってたんですか!?」
そう、その人というのはクライアントが紹介を受けた元であり、また詐欺に遭ったと相談していた人物だったからだ。予想通りだ、内密に進めて正解だった。もし調査事実が発覚すれば逃げられるか、最悪は調査員が相手に捕まる可能性もあった。
世の中、財布が緩いとタカリに来る連中というのは存在するし、金が絡むと人間関係を清算する人もいる。
実はこの手の案件では珍しいこともなく、むしろ単純な事案のようにすら感じる。
生活ぶりからするとまだ現金があると踏んだので、
「それじゃ後はご自身で弁護士を立ててください」
と、説明すると、依頼者は首を縦に振った。
自宅さえわかれば強い弁護士ならいくつかの材料を持って交渉にあたるだろうし、自宅が特定されている段階で普通の状況ではない事も悟ったみたいだ。
元金1500万円まで回収できたと連絡があったのは翌月の終わりごろだった。